REDDY 多様性の経済学 Research on Economy, Disability and DiversitY

エッセイ

2022年3月23日

生活するトランスジェンダー  第十回

吉野靫

かたちは変わる、自分のままで

 ヨガと香港映画を続けても、体調は一進一退だった。医療事故と裁判、その過程で失ったものの数々は心を苛んでいたし、日常を中断させた。嫌な報せを受け取りすぎたせいで電話が怖くなり、着信音もバイブレーションもオフにするようになった(これは今日に至るまで続いている)。ノックで動悸がするので宅配便の受け取りにも支障があったし、ひとと話すと疲れきって翌日は動くことができない。ストレスを感じると吐き気がするまで走って気を紛らわすこともあり、一時期はいわゆる「モデル体重」を下回る状態になった。XSサイズは売れ残ってセール対象になるので洋服代は浮いたが、しばしば低血糖を起こして胃は痛み、風邪もひきやすかった。
 博士論文を書いたことで、大きな揺り戻しも経験した。それまでの査読論文(博論を提出するためには、審査を通った論文が学術誌に掲載されている必要がある)では、対象と適切な距離をとるために自らの当事者性を伏せていた。狭い「業界」の内部では当然バレていただろうが、色眼鏡でもってフェアに評価してもらえないことを恐れた。ところがこの方針が副査と噛み合わず、口頭試問は大荒れに荒れた。終了後、校舎の裏で泣きながら立岩真也と対策を練り、(立岩は私の生命を危ぶんで止めたが)自棄になってあらゆる当事者性をぶち込むことにした。それを書き込む作業は苦痛すぎた。「性同一性障害」の字面を見ただけで冷や汗をかいているのに、あまりにも無謀だ。終盤は感覚を麻痺させるために、腐敗した患部の写真を見ながら飯を食っていた。結局、なけなしの健康と引き換えに学位を取ったものの、その後の2年間は何ひとつできなかった。
 2015年の春先、6年ぶりにイベントを主催したときには世界の様子が変わっていた。トランスジェンダーと医療に関する海外ドキュメンタリーを上映する地味な企画だったが、大した宣伝もしていないのにそれなりの人数が集まった。特にリタイア後と思しき層の参加は、学生時代の企画では考えられないことだった。メディアには「LGBT」の語が増え、「LGBT当事者」など、意味不明な用法が目立ってきた。大企業も「LGBTの研修をしています」「ダイバーシティを重視」などとアピールし始めた。これは完全に、無邪気な興味・関心を超えて、性的マイノリティが消費される時代がやってきたのだ。日本で最大のパレードである「東京レインボープライド」の参加者数は年々膨れ上がっていったが、企業ブースも増えていった。電通が「あなたもLGBTのアライ(支援者)になれる!」と煽り、レインボーグッズを持つことを称揚する。「パレードではLGBTと関係ない政治的なプラカードを掲げるべきでない」という言い分も定期的に聞こえてきた。キラキラと眩しい、空虚な虹の洪水に飲み込まれたくはない。2004年のパレードで仲間と掲げたレインボーフラッグはどこか奥にしまい込んだまま、やがて紛失してしまった。

 ほんとうに、ぼくの生きる時代は暗い!
 無邪気なことばは間がぬける。つややかなひたいは感受性欠乏のしるし。
 わらう者はおそろしい知らせをまだ受けとらない者だけだ。
 (…)
 たしかに、ぼくはまだ食えている。
 でも嘘じゃない、それはただの偶然だ。
 ぼくの仕事はなにひとつ、ぼくに飽食の権利をあたえていない。
 まずは運がよかったのだ。(運がなくなればおしまいだ。)
 (…)
 賢明でありたい、と思わぬこともない。
 むかしの本には書いてある、賢明な生きかたが。
 世俗の争いを離れてみじかい時をなごやかに送ること
 暴力とは縁を結ばずに済ますこと
 悪には善でむくいること
 欲望はみたすのでなく忘れること
 が、賢明なのだとか。
 どれひとつ、ぼくにはできぬ。
 ほんとうに、ぼくの生きる時代は暗い!
 (…)
 ぼくの時代、行くてはいずこも沼だった。
 ことばがぼくに、危ない橋を渡らせた。
 ぼくの能力は限られていた。
 が、支配者どもの尻のすわりごこちを少しは悪くさせたろう。
 こうしてぼくの時が流れた
 ぼくにあたえられた時、地上の時。
 (…)
 とはいえ、ぼくたちは知っている
 憎しみは、下劣なものにたいするそれですら顔をゆがめることを。
 怒りは、不正にたいするそれですら声をきたなくすることを。
 ああ、ぼくたちは
 友愛の地を準備しようとしたぼくたち自身は
 友愛をしめせはしなかった。

 しかしきみたち、いつの日かついに
 ひととひとが手を差し伸べあうときに
 思え、ぼくたちを
 ひろいこころで。

ベルトルト・ブレヒト「あとから生まれるひとびとに」 

 荒廃した精神が、どうやって回復に向かっていったのかはわからない。PTSDを克服するために専門書を読み、カウンセリングにもEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)にも通ったが、全て挫折した。少しでもマシになるためなら何でも試した。絵を描き、音楽を作り、版画を彫り、寝る前に般若心経を唱えた。どれも効果は限定的だった。私にとっての回復は「現状復帰」ではない、と認識したことは重要だったろう。以前のようなスピードで本を読めなくとも、集中して作業をこなすことができなくとも、大勢の前で堂々と演説をぶつことがなくとも、それらを人生の変化のひとつとして受け入れることだ。自分がいかに損なわれていないかを証明するより、損なわれていても生きていける道を模索することだ。劇的な解決が訪れることに期待せず、淡々と日常を積み重ね、生活を続けた。
 2017年、久々に講演依頼を引き受け、身近なイベントに少しずつ出るようになった。夕食には必ず野菜スープを作る。学会発表にエントリーし、歯医者通いを再開し、少しずつ文章を書く。己の拙さによって途切れた人間関係を悔い、はっきりとした夢ばかり見ては落ち込んだが、ヨガ教室は欠かさず、月に一度は琉球空手の型と瞑想にも取り組む。不正義を伝えるニュースを見ると「社会参画」できていないという罪悪感に駆られるが、まずは自らの砦を守れと心に言い聞かせた。2019年の終わりにようやく本の原稿を整理し始め、翌年の秋に出版した。

 時々、本を読んだひとが連絡をくれるようになり、本をきっかけにした原稿依頼も増えた。今までもこれからもトランスジェンダーを代表してものを言うことはないし、トランスの話ばかりするのはしんどい(この「しんどい」というのも本来は関西方言らしく、確かに郷里では多用しなかった。京都で暮らすうちに血の通った語彙として獲得したものだ)。それでも書いたり喋ったりするとしたら、とりたてて特別な存在でなく、富や名声を持たず、「LGBT」ブームにも乗っていない野良のトランスのぼやきが、たくさんの同じような語りに紛れて、目立たないひとつになる時代のためだろう。生き延びよう、というのはいまひとつ実感と合わなくて使ったことがない。生活をしよう。全てを乗り越えられた気がする日も、現在地に納得がいかない日も、選べなかった未来を思って眠れない日も、生活は続く。 〈終〉

参考文献

  • 『世界現代詩文庫31 ブレヒト詩集』野村修(訳)、土曜美術社出版 2000

吉野靫(ヨシノユギ)

 クィア、トランスジェンダー。立命館大学先端総合学術研究科修了。
 2006年、性別移行に関わる手術で医療事故に遭い、大阪医科大学との裁判に発展。これをきっかけに、トランスジェンダーにまつわる制度や医療について論文執筆を開始。著書に『誰かの理想を生きられはしない とり残された者のためのトランスジェンダー史』(2020年、青土社)。執筆や講演のお仕事を募集中。mach50〈アットマーク〉zoho.com
 猫と暮らす。古いカンフー映画が好き。中島みゆきとザ・クロマニヨンズをよく聴く。ヨガ歴13年。

2021年10月11日

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エッセイページについて

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〈エッセイ 著者リスト〉

〈エッセイ目次〉

特別寄稿

特別寄稿

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各エッセイは筆者個人の意見であり、REDDYの見解とは必ずしも一致しません