REDDY 多様性の経済学 Research on Economy, Disability and DiversitY

エッセイ

2022年11月30日

地獄とのつきあい方 第六回

小林エリコ

障害のある体と、それにかかるコスト

私は精神障害者手帳を所持しており、現在も精神科に通院中だ。『精神科』というと、心だけが辛いと思われがちだが、実は体にも影響がある。
うつの症状が酷い時は、体の節々が痛い。肋骨のあたりや背中がピリピリとする。その他にも、長年冷え性に悩まされており、布団に入ってもつま先は氷のように冷たく、足の裏をふくらはぎに押し当てて暖を取っている。子供のころから続く肩こりと猫背は筋金入りで何をやっても治らない。

兄の性暴力と、酒乱の父による母への面前DV、危険な家庭環境で育った私の体は常に覚醒しており、緊張状態がずっと続いている。戦場の兵士と同じようなものだ。いつ爆弾が降ってくるのか、敵が背後に潜んでいないか、そんな恐怖をずっと家庭の中で味わっていたのだ。

子供の頃、私は友達がいなくて、本や漫画ばかり読み、それ以外はゲームをやって孤独を紛らわせていた。そのせいで、猫背はますます酷くなった。私は自分の体の歪みと痛みは、どうにもできないものだから、一生付き合っていくしかないと考えていた。それに、この体を整ったものにする手段があるのなら、大人である父と母が何かしてくれるはずだと信じていた。

両親には問題があったが、病気の時は看病してくれたし、治らなければ大学病院まで行ったことがある。しかし、大人になった今思うと、両親は知識が足りなかったし、分からないことを知ろうとする意欲がなかった。

祖母が私の唇に劇薬であるステロイドを頻繁に塗っていても、両親は一切止めなかった。それどころか積極的に塗っていたのだ。なんでも当時、ステロイドだと気が付かなかったと大人になってから告白された。そのせいで、私は今でも唇が常に乾燥して真っ赤になっている。情けないが、子供の安全を第一に考え、それを実行に移すことができない親だった。
最近、頭をもたげているのは、私の両親が親としての役割をきちんと果たしていれば、もう少しマシな人生だったのではないかということだ。

家族と離れて暮らし始めてから随分と元気になったが、今でも肩や背中がとても痛い。現在通っているカウンセリングで、マッサージと整体を勧められた。
「町中にたくさんあるけど、あれって保険効かないんですよね? 1回で5千円かかるって聞いたことがあります。そんな高額なところ、通えないです」
「保険がきくところもありますよ。1回千円以下で受けられるところも探せばあります」
「お風呂屋さんに併設されている安いマッサージを受けたことがあるんですけど、次の日にもっと肩が痛くなってしまったし、ほかのところでは『硬すぎるので、揉むと痛くなるから』と言われて手でなでるだけで終わってしまって……あまりいい印象がないです」
「そうですね……。男性に触られて緊張が強くなる人もいますしね」
その時はそうやって終わりにしたが、なんだか整体やマッサージが気になり始めた。よく見ると町中にはたくさんそういう治療院があり、お手軽マッサージ、30分骨盤矯正、猫背矯正といったのぼりが、ひらひらとはためいている。
整体院と整骨院とマッサージの違いが判らないけれど、何かやってみたい。考えてもわからないならとりあえず試してみようと考え、保険がきくところで良さそうなところを見つけた。

目当ての針灸整骨院に予約して向かった。ドアを開けると施術が終わったおばあさんがちょうど外に出るところで、すぐに受付の男性と私だけになった。
「初診なので記入してください」と渡されたシートに、名前と生年月日、いつからどんな症状があるかを書き込み、痛みがある体の部位に丸を付けた。室内には上部に穴の開いたベッドが複数並んでいる。うつぶせの時に苦しくないように顔を置くのだろう。記入し終わりシートを提出すると、受付の男性がベッドに促す。どうやら施術もこなすらしい。プラスチックのカゴにショルダーバッグを入れて、ベッドの下に置き、症状の説明をする。

「背中がすごく張って痛いんです。あと、筋トレの時に痛めたのか、右の臀部がずきずきします」
「ちょっとうつぶせになってください」
私は指示された通りおでこを枕に乗せ、顔を穴の部分に入れて伏せた。すると、臀部を何か所か、ギュッギュッと親指で強く押してくる。
「痛っ!」
思わず本気で声を出す。
「ここだね。これは酷いね。ちょっと手を挙げてくれる?」
私は起き上がり万歳した。すると、背中や肩甲骨の当たりを押し、首のほうもグイグイとやる。
「どう? 痛いでしょ」
若干うれしそうな様子で施術師は言う。
「痛っ! めちゃくちゃ痛い!」
激痛のせいか素がでてしまう。
「猫背が酷いね。猫背の人はね、丸めたバスタオルを背骨に沿っておいて寝ればすぐに治るから」
「え! そんな簡単なことで治るんですか?」
長年悩んできただけに、あっけない結論に驚く。
「お尻のほうだけど、こっちは針にするから。うちは完ぺきに治療するから針じゃないとダメなんだ」
「針って保険効きますか?」
「効かないけど、3,800円でできる。肩こりのほうは保険が効くから480円だね」
1回の治療なのに、保険が効くものとそうじゃないのがあるということに戸惑ってしまう。この業界のルールがさっぱりわからない。少し高いが、払えない金額じゃないので、とりあえず受けてみることにした。

「針はね、本当に細い針で、全然痛くないから」
そういいながらお尻の当たりにスッ、スッと針を刺していく。
「あー、全然、痛くないですね」
「左手出してくれる。気の通りをよくするから」
左手首に細い針が刺さる。『気』という言葉にスピリチュアルなものを感じてしまうが、あまり気にしないことにする。
「じゃあ、電気を流すね。そんなに痛くないけど、もし、痛かったら言ってね」
右のお尻に電気が走り、ビクン、ビクン、と筋肉が波打つ。なんとなく効きそうな気がする。20分ほどそのまま電流を流し、今日の施術は終わった。
「これでだいぶん良くなったけど、しばらくしたらまた痛みが出てくるから。そうしたらまた来てね。で、針の料金なんだけど、保険が効かないからみんなチケット買ってるの。10回のチケットが一番お得。肩こりだけだったら保険適用できるから、いつでも480円」
チケットの料金表を見せられるが万単位なのでびっくりしてしまう。私が貧乏すぎるのだろうか。
「ひとまず、様子を見てから考えます」
そういって会計を済ませて帰宅した。その日はなんとなく調子が良く、夜は教えてもらった通り丸めたバスタオルを背中において横になった。しかし、次の日と、その次の日は体が鉛のように重く、背中も痛み出し、部屋の中を移動するのも一苦労だった。外に一歩も出ず、気分も晴れなくて、憂鬱な週末を過ごした。

その後、お尻の痛みは和らいだものの、もう一度、同じ針治療を受ける気にならなかった。保険適用にこだわらずにもっといい治療院はないかと検索をしたら、異常に口コミのいい整骨院を発見したので、週末に予約を入れて、さっそく行ってみた。

駅からほど近いところにあるそこは、入口に大量のポスターが張られており、中に入ると人で溢れていた。前回のところは閑古鳥が鳴いていたので、人の姿を見てほっと胸をなでおろす。しかし、治療院の割には派手すぎて、どちらかというとラーメン屋みたいだ。『インナーマッスルを鍛えたい方、必見!』『ダイエットクリーム販売中』『ファスティングにご興味のある方に朗報』などという文字が躍る手書きのポスターがわんさかと掲示されている。さらに、壁にはここで働いている施術師全員の写真が貼られていて、その横に各自の好きな味噌汁の具が紙に書いて張られていた。相当どうでもいい情報だが、暇なのでつい見てしまう。その中に「好きな具は、切り干し大根」というのを発見し、味噌汁に入れるのもありなのかと感心する。たしかに意外といけそうだ。一緒に入れるなら油揚げがいいかな、などと味噌汁の具に思いを馳せている間に名前を呼ばれた。

私の担当は若い男性で、元気よく挨拶してくれた。あらかじめ記入しておいたシートを見ながら、話を聞いてくれる。
「お尻が痛くて先週よそで針をしたんですが、そのあと具合が悪くなってしまって」
「それは好転反応ですね。よくあるんですよ。そういうときはお水をたくさん飲むといいんですけど、説明はありましたか?」
「いや、なかったです」
私がそういうと、男性の施術師は苦笑した。好転反応は仕方ないにしても、説明があったほうがいいのは確かだ。
「お尻はだいぶ良くなったんですけど、肩が石のように張っていてしんどいです」
「ちょっとみてみますね」
そういって私の肩を押すと大げさに驚いて見せた。
「いやー、すごい張りですね! ちょっと横を向いてください」
そうして、私の背骨を触り、首筋や肩甲骨を押す。痛くて思わず声が出る。立ち上がったり前屈したりして体を確認してもらったところ「巻き肩、猫背が酷いですね」と明るい声で言う。
「子供の頃からずーっとこんな感じです。自分でヨガやストレッチをしたり、親から強制ギプスみたいのをつけられたりしたけど、どうにもなりません。あと、これだと思います」
そう言って私は記入済みのシートを指さした。そこには私が丸をつけた「心療内科に通っている」という文言があった。
施術師はうなずきながら
「うちで治療すれば、巻き肩も良くなりますし、猫背も治ります。そうすれば夜もよく眠れるようになりますよ」
背骨の模型を手にして治療の説明する施術師をぼんやりと眺めながら、まるで狐につままれたような気分だった。子供のころから続いてきたこの体の痛みと不眠が整体ごときで治るのだろうか。病院を何軒も変え、たくさんの病名とたくさんの薬を飲んできたこの私が?

「1年はかかると思いますけど、ちゃんと通えば良くなります。とりあえず、ちょっとやってみましょう」
ベッドにうつぶせになるように指示され、横を向くように言われる。そして右手と左手を握ると膝で私の背中をぐいと押した。その瞬間ボキボキボキボキボキボキボキン! とものすごい音がした。
「あだだだだだだだだだ!」
悲鳴を上げる私に向かって施術師は、あははと笑う。
「僕も研修ではじめて受けたときはそうなりました」
逆を向かされて、また同じように膝で私の背骨を押すと景気のいい骨の音が鳴る。
「あと、骨盤も開いているので、ここも直していきましょう」
そういって右足をもって内側にぐいと押し込む。左側も同様にする。
肩甲骨から首筋にかけても膝でグイグイと押し込み、そのたびにボキボキと乾いた骨の音が響く。長い人生を生きてきたが、こんな治療法が存在するのを私は知らなかった。いろいろなところを押したり引いたりして、全てが終わるとへとへとになった。放心状態のまま料金の説明を受ける。
「うちは保険が効かないので、一回6,600円。それとは別に1,100円料金がかかります。週に1回来たとしても、30,800円かかります。さすがにそれは高額なので、うちはフリーパスを導入しています。1年間で約20万円。12か月分まとめて払えば、1か月1万6千円程度で済みます」
初めての衝撃でぐらぐらしながら説明を聞くが、それでも高い。私の年収を知っていたらこんなに明るく説明はできないだろう。しかし、私の心はここに通うことに傾いていた。何をやっても駄目だったんだ。ここくらいしか可能性はない。幸い、本を出版したことで、貯金はある。私は勧められるままクレジットカードの12回払いを選択し、決済をした。私の選択が間違ってないと信じたい。
施術師が「今日はたくさん水を飲んでください」と指示したので、帰宅してすぐに、水をがぶがぶ飲んだ。そうして休んでいると、肩の周りが随分と軽くなったのに気が付く。

夜になり、布団に入ると足がじんじんと熱くなっている。体の緊張が解け、あくびが出る。目を閉じると良いイメージが沸き、今日は眠れるなと分かる。通い放題なのだから、明日も整体に行こう。
そういえば、母は整体の存在を知らなかったのだろうか。知っていても、もったいないから通わせなかっただろう。子供の頃の母は酷くケチで、矯正が必要な私の前歯をスプーンでグイグイ押して正常な位置に戻そうとしていたくらいだ。

整体に通い始めて体が軽くなったものの、心は重い。私に貯金がなければ、整体に行くという決断はできなかった。
私が精神科病院や精神科デイケアで出会った当事者たちは、病気を発症して仕事を失った人や、あまり裕福でない家庭で育った人が多かった。引きこもりになってしまい、中学すらろくに通ってない人もいる。私は短大を卒業したけど、家庭内で虐待を受けた影響で、満足に勉強ができなかった。そんな私たちの収入が低いのは自分の責任だろうか。そして、健康な自分を維持することにたくさんお金がかかるのは障害者のほうなのに、なぜ私たちはこんなに貧しいのだろう。

ある日、興味本位で大企業の障害者雇用の採用ページを覗いたら時給1,200円とあった。東京都で同じ仕事の平均時給は1,400円。健常者よりも生活に困難を抱えているのに、健常者より待遇が悪いのが理解できない。もちろん、企業は慈善事業をしているのではなく、利益追求を求めているのだから仕方ないが、障害者雇用の法定雇用率を達成できない場合、不足分の人数に応じて月に4、5万円程度、罰金を払わなければならない。さらに、障害者雇用をすれば報酬金がもらえるのに、そのお金は一体どこに消えるのだろう。

それでも、企業で働ける障害者は、恵まれているほうで、そうでない人は作業所で行われる低賃金の労働を選ぶしかない。それが良くないことだとは言わないが、働いてもひと月1万円程度かそれ以下では生活などできはしない。
作業所ができる前は、障害者に仕事はおろか、居場所すらなかった時代を思うと、状況は良くなっていると思いつつ、いまだに『障害者は我慢すべき』という社会の目に見えない圧力を感じる。
私自身、10年以上仕事がなく、親と暮らすことを余儀なくされ、生活保護を受けていた。収入はふた月に一度支給される障害年金のみ。それを申し訳ない気持ちで受け取っていた。
もちろん、働かず、生活保護のみで生きる人や、両親と暮らす選択をする人がいるのも理解できるし、全ての人間が働かなければならないとは思わない。けれど、働いてお金を稼がないと健康な生活が送れない。生活保護で年間20万円の整骨院に通うことは不可能だ。

もちろん、今の日本は貧困が加速し、健康な人ですら、病院に行くのをためらうような時代になってしまった。それでも、私は障害を持つ人たちにゆとりのある生活ができる賃金や保証を充実させてほしい。なぜなら、貧困と精神疾患は目に見えない鎖で強く結ばれているからだ。

今、日本はとても大きな混乱期に陥っている。痛みがある時代だからこそ、大きな改革を望みたい。私は、もう誰も貧困が原因で死んでほしくないし、健康な体で生きる権利を手放して欲しくない。声を上げて、手を伸ばして、私たちはここにいると叫び続けたい。

小林エリコ:プロフィール
小林エリコ:近影

1977年生まれ。茨城県出身。短大を卒業後、エロ漫画雑誌の編集に携わるも自殺を図り退職。
その後、精神障害者手帳を取得。その後、生活保護を受給し、その経験を『この地獄を生きるのだ』(イースト・プレス2017)にて出版。各メディアで話題になる。
その後の作品には『生きながら十代に葬られ』(イースト・プレス2019)、『わたしはなにも悪くない』(晶文社2019)、『家族、捨ててもいいですか?』(大和書房2020)、『私がフェミニズムを知らなかった頃』(晶文社2021)『私たち、まだ人生を1回も生き切っていないのに』(幻冬舎2021)がある。

REDDYメンバープロフィール

2022年10月5日

マイノリティだと思っていたらマジョリティだった件

エッセイ

書籍『 マイノリティだと思っていたらマジョリティだった件

マイノリティだと思っていたらマジョリティだった件 書影

〈編著〉松井彰彦・塔島ひろみ
〈著者〉小林エリコ/西倉実季/吉野靫/加納土/ナガノハル/村山美和/田中恵美子/小川てつオ/丹羽太一/アベベ・サレシラシェ・アマレ/石川浩司/前川直哉

兄の性暴力で子ども時代を失った人、突然に難病に襲われ死の淵を見た人、アングラミュージシャンの夫と離婚しシングルマザーとなった人、トランスジェンダーゆえに説明し続けなければならない人、精神障害のある母親に育てられた人、幼年時代に親と離れて施設で暮らした身体障害のある人、顔に生まれつき変形がある人、元たまの人、テント村で暮らす人……。「フツウから外れた」とされる人々がつづるライフストーリー14編を収載。社会の不平等や偏見、家族のトラブルや無理解などに悩み、抗い、時にやりすごして今、それぞれ何を思うのか――。

 発行:ヘウレーカ
 価格 1,800円+税
 ISBN978-4-909753-14-4

詳細は ヘウレーカのページへ

2021年10月11日

特別寄稿

特集エッセイ

2つの東京パラリンピック―それらから見えてくること― 法政大学名誉教授 松井亮輔

2021年8月4日

コロナ弱者:わたしが見たコロナ

特集エッセイ

ケアを受ける障害者のワクチン接種は 丹羽太一

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エッセイページについて

塔島ひろみ

〈エッセイ 著者リスト〉

〈エッセイ目次〉

特別寄稿

特別寄稿

松井亮輔

障害と多様性

言語の多様性

 森壮也

保健師助産師看護師法における相対的欠格事由と障害をもつ看護職(連載終了)

 栗原房江

「障害」について考えていること

 加福秀哉

障がいあるからだと私(連載終了)

 村山美和

ひょっとこ爺さん徒然の記(連載終了)

曽根原純

我が家の現代版「生類憐みの令」

 土屋健

難病と私(連載終了)

 大関智也

障害当事者と学校

 冨田佳樹

地獄とのつきあい方

 小林エリコ

1万年生きたこども〜統合失調症の母を持って〜(連載終了)

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発達障害とわたし

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自分について語る

 にじいろでGO!の仲間

ジェンダー / フェミニズム

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フェミニズムとディスアビリティの交差点

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ジェンダーとセクシュアリティの交差点から(連載終了)

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経済余話

 松井彰彦

日本の障害者雇用(施策)と水増し問題経済学エッセイ

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障害と社会

障害と社会(連載終了)

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障害者の「自立生活」から私が学んだこと・考えたこと(連載終了)

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バタバタ公園バタフライ

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酒田から

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沈没家族での記憶と記録(連載終了)

 加納土

十人十色

村上愛

ごみの匂い

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下町に咲くエチオピアの「アデイアベバ」

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~ NPO法人アデイアベバ・エチオピア協会理事アベベ・サレシラシェ・アマレさんのお話~

障害と都市

都市のアクセシビリティ

丹羽太一

ライフタイムで住宅を考える(連載終了)

 丹羽菜生

障害とコロナ

コロナ弱者:わたしが見たコロナ

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各エッセイは筆者個人の意見であり、REDDYの見解とは必ずしも一致しません