REDDY 多様性の経済学 Research on Economy, Disability and DiversitY

特集エッセイ 
コロナ弱者:わたしが見たコロナ

タイトル一覧

2021年1月20日

障害者の「自立生活」から私が学んだこと・考えたこと

田中恵美子

Independent living 人生を謳歌する
2021年1月15日

ケアを受ける障害者の治療は

丹羽太一

年が明けたが、新型コロナウイルスCOVID-19の感染拡大は留まることがない。未だ減速の気配もなく、特段の対策もないままでしばらく拡大傾向は収まらないようだ。医療体制も崩壊がささやかれ、東京都は都立病院をコロナ患者受け入れの重点拠点とし、対応を強化し始めた*1
医療資源の逼迫に伴い、障害当事者にとって新型コロナ発生当初から懸念されていたいわゆる「命の選別」の問題がいよいよ実感として懸念されるようになってきた。
想定される心配な事態には様々なフェーズがあり、それぞれもまた様々なかたちで問題となるであろうから単純な話ではないと思うが、ひとつの観点から現在の心配事を整理してみたい。

最初の懸念は入院に関する障害である。身体に障害がある場合、特に日常生活でヘルパーの介助を必要とするような場合は、自分が感染したら自宅でヘルパーを頼むことができなくなる。
厚労省は県や市の障害保健福祉主管部局に対し事務連絡として「訪問系サービスにおける新型コロナウイルス感染症への対応について(20年3月)」を出して管内市町村、サービス事業所等への周知を呼びかけている。訪問系サービスについては、「利用者に発熱等の症状がある場合であっても、十分な感染防止対策を前提として、必要なサービスが継続的に提供されることが重要」として、利用者の感染疑いの際は保健所と相談し、必要性を考慮した上で感染防止を徹底してサービスを提供するとされている。
訪問介護や訪問看護の感染防止を強化して自宅での療養が可能であれば、軽症の際の心配は多少軽減されるだろう。しかし感染確定後のサービス提供についてははっきりしておらず、サービス事業所がどこまで対応可能かもわからない状態である。自宅療養の可否がはっきりしない上、新型コロナの重症化例を聞くと、身体障害者の自宅療養には危険を感じる。重症化するリスクが高いとされるために、たとえ軽症であっても早期の入院しか選択肢が無いと考える当事者は多いのではないか。ただ、保健所も病院も対応の限界が来ている現状で、スムースな療養措置がとられるかどうかはますます見えなくなっている。

入院すれば病棟での看護師の負担が大きいために病院が躊躇しないかどうかも気になるのではないか。既に入院が必要とされながら病院に入れずに待機している感染者が数千人という状態で、果たして病院の負担も大きい障害者の受け入れができるところがあるのか。ここで障害を理由に受け入れを断られるということはないのか。 様々な障害当事者団体が、障害者が安心して治療と介護を受けられるよう、当初から速やかな入院受け入れの体制整備について要望を出している*2

すでに最新の新聞記事では「感染すると重症化しやすい高齢者や持病のある人ですら、入院先が見つからない」と言われ始めている*3

更に病状が悪化した場合のより重大な懸念が、いわゆる「命の選別」に関わる問題である。
これについては1年前の新型コロナ感染拡大当初から議論がされている。

米紙の記事によると、昨年4月時点で米保健福祉省は障害者支援団体からの公的訴訟に応えて、病院は障害の状態によって選別治療をすることはできないとする指針を出したが、アラバマ、カンザス、テネシー、ワシントンの各州の選別指針では、医師が連邦法違反である障害者の治療を拒否することを許可している*4

具体的には、アラバマ州救急治療計画は「重い知的障害(mental retardation)を持つ人」は、人工呼吸器などの機器不足が生じる場合、救命治療に関し「優先順位の低い(poor candidates)」人に入るとしている。カンザス州、テネシー州の救急指針は「進行した神経性筋疾患(advanced neuromuscular disease)」の人は救命治療の対象外になることを示唆している。ワシントン州の指針は、身体の健全度と認知などの機能を含む基本的な機能状態を考慮事項に含めている。

ただし、ワシントン州保険省は、差別禁止の原則は疑いないことを明確にするためにこの指針を更新しているという。カンザス州保険省の当局者はすべてのカンザス市民の需要を最大限に満たすための必要事項を見直し、更新しているという。アラバマ州保健省は、担当者によれば救急計画を刷新したが、新たな指針には人工呼吸器の不足時の手順についての言及はない。(テネシー州保健省の公式なこの時点で反応はなし。)

この記事では、もし医師が、意図的であろうとなかろうと障害を理由に生命の質を低く見る判断をするような場合、それが明らかな差別だけでなく隠れた偏見による場合も懸念される、として障害者の不利益は様々な形で起こりうるとしている。

1月19日追記
米保健福祉省公民権局はこうした事例を受け、障害者への差別事例の情報提供を呼びかけ、医療に関する差別禁止の対応強化を行い始めた。
OCR Seeks Information on Addressing Disability Discrimination in Health Care and Child Welfare Contexts

また別の米紙によれば、蘇生措置拒否(DNR/DNAR)承諾を治療記録に記入するよう医師から強制された例として、英福祉事業団体の障害者への調査で、4月から6月にかけ即自に異議申し立てが必要な計22のこのような指示を確認し、英学習障害支援団体では、メンバーの20%が担当する障害者の記録に同様の指示を記入した医師の報告をしていることを確認している。イギリス政府は、特定の患者へのあらゆるDNR/DNAR適用に対し強く反対を表明したが、現場の医療従事者の判断に任せることを認める代わりに、国のガイドラインを出すことに抵抗したとされる*5

英障害者支援団体Inclusion Londonの昨年6月のレポートでは、当事者からの聞き取りなどの調査から新型コロナに関して障害者が直面する差別と排除の情況を報告している。そのなかで障害者と介護する家族が十分な相談がないままDNR/DNARの申告への同意を迫られた例や、罹患した際障害者は病院に受け入れられないか、救命救急処置を拒否されるだろうと告げられている事を明らかにし、彼らが様々な恐れを抱えているとしている。また国立医療技術評価機構NICEが学習困難、自閉症などの障害を評価対象とするよう医師に行った指示や、政府の適切なガイドラインがないことにより、障害者は重症化しても治療、救命処置を受けられなくなる懸念があることを危惧している。行政が人道上の危機や自然災害の発生を含む危機的事態における障害者の保護と安全を確保するために必要なあらゆる手段を採る事を義務づけている障害者権利条約11条を挙げ、生命、医療へのアクセス、救急医療を人権とし、生命と資源分配に対する障害者の権利を訴えている*6

日本では昨年3月に生命・医療倫理研究会有志が「COVID-19の感染爆発時における人工呼吸器の配分を判断するプロセスについての提言」において、人工呼吸器が不足しており、人工呼吸器を装着する患者の選択を行わなければならない場合、災害時におけるトリアージに倣って救命の可能性の高い患者を優先することを検討するよう病院、関連学会、行政に促した*7
心停止時のDNR/DNARに加え人工呼吸器の装着についても、救命の可能性が高いと判断した患者への優先配分を判断するとしている。性別、人種、社会的地位、公的医療保険の有無、病院の利益の多寡等による順位づけは差別に当たるとしているが、年齢、病歴、障害については触れていない。
これに対しDPI日本会議は即座に「新型コロナウィルス対策における障害のある者への人権保障に関する要望書」を発表、優性思想につながる障害を理由とした命の選別が推進されることがないよう、人工呼吸器の増産や集中治療室の増設、医療従事者の増員など感染拡大に備え、障害を理由とした命の選別を行わないことを要望している。
他にも、障害者への適切な治療、平等な医療資源へのアクセスに関する意見は複数表明されている*8

日本集中治療医学会臨床倫理委員会は「COVID-19 流行に際しての医療資源配分の観点からの治療の差し控え・中止について」で、医療資源の制約に基づき、健康状態の回復が得られると期待される患者に優先的に資源を振り分けるために人工呼吸器などの生命維持装置を用いた治療の差し控え・中止が発生する状況も想定し、医療機関・医療従事者の保護を目的として具体的な判断の手順を提言している。そこでは患者の意思に基づいて医療を進めることを基本とし、その場合にも,医療方針について家族らの合意を得るように努めるとされているが、これは認知症の高齢者や知的障害者等の本人、家族を厳しい情況に追い詰めることになりかねない*9

両者はいずれも、厚生労働省の「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」や日本救急医学会、日本集中治療医学会、および日本循環器学会の「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン」といった、一般的な終末期の患者が、自らの意志、あるいは家族の同意を得ていわば治療を自己決定する際の、医師倫理規定に関するガイドライン、あるいはある程度議論が進んできた災害時のいわゆるトリアージの手順を基にしている。こうした基準と比較する場合、これらを新型コロナの治療にあてはめることには無理があるだろう。ここには患者や家族との充分な話し合いによる同意に基づく終末期の延命治療中止の決定や医療処置(蘇生処置を含む)に関する医師による指示としてのPOLSTと、非常時の医師の判断による倫理的、法的な問題を帯びざるを得ない人工呼吸器などの医療資源配分やDNR/DNARの混同があると考えられる。もちろん、現場の医師の擁護に関する議論がなされることも必要であろう。しかし少なくとも、そこで特定の身体特性を弱者と見なすような判断がなされることはあってはならない。
そもそも昨年早い段階で、障害者団体から具体的に、感染者全員の人工呼吸器の装着を想定した人工呼吸器の増産と確保や重症者のための集中治療室の増設、人工呼吸器を取り扱える医療従事者の増員を要望されていたにもかかわらず、冬の感染拡大ことここに至って今更の感は拭えず、残念至極と言う他ない。

国連は新型コロナに関する障害者インクルージョンの政策提言として十分でない医療資源の配分における差別禁止の徹底を呼びかけている*10

障害者のみならず、すべての患者の最大限の治療を受ける権利がないがしろにされないことを願う。

参考:
Neil Romano and Samuel Bagenstos : Don’t deny ventilators to disabled patients
朝日新聞:障害者は問う、「命の選別」起きはしないか
島薗進:コロナ禍での医療資源配分をめぐる問い―人工呼吸器の配分とトリアージ― 日本医師会 COVID-19有識者会議

2020年11月25日

ひょっとこ爺さん徒然の記

曽根原純

気分は文豪
2020年11月11日

介護施設の現場から

三本義治

〜自分の為〜
2020年10月21日

ひょっとこ爺さん徒然の記

曽根原純

コロナ川柳 107 生活エピソードを中心に
2020年9月30日

ひょっとこ爺さん徒然の記

曽根原純

十五年前 買った時計に 惚れ直す
2020年9月16日

介護施設の現場から

三本義治

〜コロナうず〜
2020年8月12日

言語の多様性

森 壮也

世界に急速に拡がるもうひとつの「新型コロナ」
2020年7月29日

ひょっとこ爺さん徒然の記

曽根原純

小説世界の疑似体験の旅
2020年7月15日

ケアを受ける障害者の入院は

丹羽太一

世の中だいぶ緩和ムードとは言え、新型コロナウイルスCOVID-19が相変わらず感染者数を積み上げていっている。そんな中、救急の発熱外来で診察を受ける羽目になった。
実は3ヶ月前に、蜂窩織炎という皮膚の感染症で入院しており、今回の発熱に関しても熱以外になんの症状もなかったので、恐らく再発だろうということで、前回と同じ病院の救急外来に電話してから、一応最低限の入院の用意をして向かった。

前回は、発熱してはいたもののやはりそれ以外の症状がなかったからか、救急車だったのである程度の判断がすでにあったからか、マスク以外は警戒もなく(CTで肺炎の確認はしたが)、血液検査、尿検査をして炎症値が高いことだけが確認されて、早々に病棟に運ばれた。
翌日昼間に細君が入院に必要なものを携え面会に来た。隣のおじさんは呼吸器を付けているらしく、やはり奥さんがやってきていろいろ面倒を見ているようだ。すでに病院の面会は制限されはじめていたが、身の廻りのことができない患者さんは、家族が手伝いに来ることを許可されていた。わたしの場合もベッド上での食事(と歯磨き)介助、熱が下がってからは空いた時間に車いすに移乗して洗面所に手や顔を洗いに行ったり、処置以外で看護師がやることの代わりを細がやることもできた。車いすの移乗などは、なれない看護師がやると(それでも何度かやってもらったが)人手も時間も掛かってなかなか頼みづらいところがあるので、こちらも大いに助かった。

今回は初めから様子が違った。まず空気清浄機のある個室に通され、当直の医師が来ると、症状から見て「まあ、可能性はほとんどないと思いますが」、発熱ということでコロナ疑いで対応ということになり、マスク防護服手袋にフェイスシールドで検査される。ここでは抗原検査とPCR検査ができるようになっていたので、血液検査、尿検査にこれが加わった。その時点で熱がどんどん上がり寒気がすごくなって震えだしたのでやはり入院となり、コロナ疑いのまま病棟の個室に運ばれた。すぐ蜂窩織炎対応の抗生剤で点滴が始まるが、看護師はひとりずつ、同じように完全防護で用が済んだらすぐ出ていく。家族はここまでで、本人が新型コロナであってもなくても、現在病棟の面会は禁止になっているので、明日からの面会は難しいと言われる。
翌朝再度PCR検査があり、昼までに陰性が判明したので防護服の対応はなくなり、午後には大部屋へ。解熱剤で熱が少し下がって、食事も三食出るようになり、3日ほどで平熱になる。
熱が下がったので、担当医師に言って入浴と車いす使用の許可を出してもらった。
週末前だったので、前回はこのタイミングで看護師によるシャワー浴か、少なくとも洗髪はしてもらっていた。午後は車いすで洗面もできた。
しかし今回はなぜか、恐らくベッドから車いすにもシャワー用の車いすにも移動させるだけの人出がないのか、一度もベッドから下りずに週末へ突入。土日はさらに人がいないので、やはり車いすには乗れなかった。寝るか、ベッドの背の部分だけ起こして座った姿勢になるかしかないので、昼間はひたすらベッドを起こして、普段なかなか読む時間のない小説などを読む。実は上肢に障害があると、寝たままでは本当になにもできないので、本を読むにしろ水を飲むにしろ携帯を見るにしろ、背もたれを起こさないことにはどうしようもないのだ。車いすならさらに移動ができるのだが、ベッドではそれも叶わない。大部屋の狭いカーテンの仕切りのなかでひたすら本を読む。とはいえ幸い、隣のベッドは二日目から空いていて、そちらのカーテンを半分開けて外(といっても向かいのビルが見えるだけ)を眺めることができたのはかなり気分が違った。締め切っていると晴れか雨かもわからない、堂籠もり状態なのだ。
月曜日は検査や新規入院受け入れが重なり病棟が一番忙しい曜日である。その日も看護師は慌ただしく、なんとか翌日の洗髪を約束してその日もベッド上で一日過ごす。その日血液検査で異常がなくなったので、薬を切り替え、一日見て退院となった。これまでの入院では退院前には必ず入浴が入るので、明日は洗髪だけでなく入浴になるだろう。
と思っていたが、結局ベッド上での洗髪のみで、退院まで一度もベッドから離れることなく、只管打坐の一週間であった。

いや、わたしが積極的にお願いすれば,車いすに移すこともシャワーに入れることも断ることはなかっただろう。別に病院や看護師を責めるわけではない。いろいろな場面で介助が要る人の入院は大変なことなのだ。特に慣れないことをやってもらうのは、頼むほうもハードルが高い。増して、防護服にフェイスシールドでそれなりの身長の男を抱えることになれば人手も労力も余計に掛かるだろう。
もし、新型コロナ感染による入院が必要になったら、治療以外にも気になることは、こうした完全看護体制での入院がどこまで重度の障害に対応できるのか、という点だ。
在宅では訪問介護が機能不全になる障害者の新型コロナ感染は、やはり早期入院が望ましいのだが、特に軽症時の日常動作の介助は、治療以外の面でも看護師の負担を増やすことになりかねない。これまでの数回の経験からは、看護師はこちらの普段の生活に合わせ積極的に動いてくれるし、少なくとも希望を伝えればその通りにやる努力を惜しむようなことはない。しかしどんな些細な仕事でも人手は掛かることになるだろうし、慣れない車いすへの移乗などは防護服では負担も大きい。さまざまな点で完全看護には難点が出てくるだろう。

現時点では、一般的に軽症者は自宅または代替施設での隔離で療養となっているが、介助者が必要な障害者はどちらにおいても一人で過ごすことはできず、当然感染リスクがあるため介助者に来てもらうこともできない。病院側も、身体に障害がある場合は重症化の懸念などもあり、目の前にそういう患者がいれば早期の入院を恐らくは受け入れていくのではないか。しかし、負担になるのは看護師で、軽症で寝ている場合でも、接触機会がそれなりに多くならざるを得ないこういったケースは、病棟全体に余裕がなければ入院自体を拒まざるを得ないことにもなりかねない。そのときにどこへ行くのがよいのか、解決する方法はない。患者の増加による今後の医療体制への負担増が非常に不安である。

今は暖かくなり、気分も明るくなっていく季節だが、このままではいずれ桁の違うより強力な第二波がやってくるだろう。それまでに病院、医師、看護師の余裕は確保できるのか、医療の充実にせよ市中感染拡大防止にせよ、特に行政による有効な医療的経済的支援策が手遅れにならないことを願っている。

2020年7月15日

介護施設の現場から

三本義治

〜攪乱(かくらん)〜
2020年7月1日

ひょっとこ爺さん徒然の記

曽根原純

テレワーク
2020年6月24日

発達障害とわたし

Pafupafu Flower analchang

コロナと就職活動(前半)
2020年6月8日

十人十色

村上愛

科学と隔離
2020年6月3日

ケアを受ける障害者の生活は

丹羽太一

日常生活のさまざまな場面で身体的な介助を必要とする障害者は、ヘルパーとの毎日の接触が欠かせない。在宅で訪問介護を受ける場合、朝は着替えや車いすへの移乗から洗面に始まり、三度の食事やトイレや入浴、就寝の際の移動や着替えまで、必要なときにはその都度ヘルパーがやってきて介助をしてくれる。重度の場合は一日24時間、複数のヘルパーが入れ替わり付き添っている。身体的な介助なのでフィジカル・ディスタンスというわけにはいかない。この密接な関係があってこその社会的な生活であるから、それがわたし達のソーシャル・ディスタンスにならざるをえない。
感染症の予防にはうがい・手洗いが基本であると言う。普段からヘルパーは、家にやってきたらまずうがいと手洗いをしている。いまは玄関にアルコール消毒をおいて、手洗いも特に念入りだ。これで外で触れたものでもしなにか拾っていても、手から他に移すことはないだろう。ヘルパー自身がまず感染しないようにすれば、介助を受ける側も安全だ。どちらも感染していなければ、普段の延長で気を遣えばそれでなにも問題はないのかも知れない。
今回やっかいなのは、いわゆる無症状の感染というものがあるということだ。
もしヘルパーがその状態で介助に入った場合、どんな形で介助を受ける側に感染するのか。いまはヘルパーはマスクをして仕事をしている。いわゆる飛沫感染はある程度防げるのかも知れない。エアロゾルと言われるものはどこまで防げるのかわからない。
もし介助を受ける側が感染しているのに気づかない場合は、今度はヘルパーが危険になる。食事や歯磨き、入浴の際はこちらはマスクをしていない。さらに危険な状態にさらされることになる。

訪問介護には、感染症に関してこの二方向の危険があり、それぞれ問題点が変わってくる。もちろん、気づかずに感染させてしまうという危険は相互に問題であるが、感染が判明することで起きる問題はまた別にある。
介助を受ける側は、まず感染に対して重症化する危険があるが、そうでない場合もいろいろな問題がある。感染していても軽症であったり、もし濃厚接触者であると言われた場合でも、感染者として対応を考えなければならないだろう。
上述のようにヘルパーに移す可能性は逆より高いかも知れない。当然ヘルパーは無防備に介助に入ることができなくなる。しかし、障害者はヘルパーがいなければなにもできない。ヘルパーの訪問を断られることは生活以上に生命の危機になりかねない。どうすれば介助が可能なのか。ヘルパーがいわゆる回復者で抗体を持っていれば大丈夫なのか。感染症のプロではないヘルパーがマスクと防護服を着けて消毒しながら介助できるのか。そういった装備は十分確保できるのか、その使い方はどこで教えてもらえばいいのか。
ヘルパー派遣事業所がそこまで考えて準備する必要があるならば、公的にそれを支援する体制も必要である。
日本障害者協議会(JD)が厚労省への要望としてまとめた項目(※1)のひとつに、訪問マニュアルを作成し、そのなかで感染防止対策を取り上げるというものがあった。ここで前もって必要と考えられるのは、例えばマスクと防護服の着用、介助の際の注意点、使用済みの装備品の廃棄や自らの消毒方法など、かなり高度な予防知識である。さらにその状態での重度の障害者の介助方法も含め、専門的な研修を受けておくことだ。その要望書では別項目として、消毒液、防護衣、サージカルマスクやN95マスクなどの高機能のマスクの定期的な供給も要望している。同様の要望書は訪問介助サービスを提供するNPO等の連名でも出されている(※2)。
※1 【緊急要望】 障害のある人のいのち・健康・くらしを守るために http://www.jdnet.gr.jp/opinion/2020/200511.html
※2 訪問系サービスにおける新型コロナウイルス対策の要望書 http://haskap.net/2020/04/20200410.html

JDの要望書ではさらに、障害のある人が感染した場合は、障害特性等を踏まえ速やかに入院治療を受けられるようにすることを求めている。
障害があることで呼吸器や循環器、泌尿器などに問題がある場合は重症化リスクは高い心配がある。それに加え、上記のように在宅でのヘルパー派遣に感染の危険がある場合、ヘルパーとその派遣事業所を通じた連鎖的な感染拡大の可能性もあり、不必要に感染者を増やすことになりかねない。訪問介護は地域でネットワークを形成して複雑につながっていることも多い。それを利用する高齢者や障害者だけでなくその家族の孤立やヘルパーの家族の不安といった間接的な関係者への影響も大きい。訪問介護が機能不全に陥ることは地域全体の福祉環境の危機にもなる。自宅での自主隔離にこうした限界がある障害者の、感染対策が万全である病院への早期の入院は、そういった意味でも安心材料のひとつになり得る。もちろん、それにはすべての患者への充分な治療の保障、医師、看護師などの医療従事者の安全確保、そのための病院の装備や施設、設備、人員まで不足することのない医療資源の余裕が前提であるから、ハード、ソフトのあらゆる面での受入医療機関の整備が制度的にも支援されることが重要である。
在宅で訪問介護を受ける人たちの適切なタイミングでの入院治療といった地域の福祉と医療のスムースな連係への理解が、特にこうした非常時には求められる。さまざまな場面でそうした連係ができる強固な社会基盤の実現が、いわゆる社会的弱者を含めた地域住民の生活環境を支えることになる。

2020年5月20日

ひょっとこ爺さん徒然の記

曽根原純

新型コロナに怯えながら
2020年5月13日

介護施設の現場から

三本義治

〜高齢者施設スタッフとして〜
2020年4月24日

バタバタ公園バタフライ

小川てつオ

結局、ホームレスはコロナ10万円、貰えるのか?
2020年4月22日

身体障害のある不安

丹羽太一

わたしは(内科的な病気ではあったが臨床的には)頸椎損傷C4の身体障害者だ。日常のほぼすべての生活を、ヘルパーの介助によって支えられている。わたしのような人たちが、新型コロナウイルスCOVID-19によるどのような影響を受け得るか、日々感じていることから考えてみたい。

頸椎損傷の身体障害を抱える人は、胸や腹まわりの筋力が低下しており、肺活量が非常に小さい。咳もくしゃみも弱々しい。痰なども出にくいため、風邪をひいても菌やウィルスが外に出せず、すぐに悪化し肺炎になることも多い。コロナウィルスによる呼吸器疾患についてもこれは同様で、ウィルスを吸い込むとそのまま重症化するリスクは非常に高い。COVID-19は2020年4月時点で未だ治療薬もなく、もし罹ってしまったら肺炎で・・・というのはわたしもリアルに感じている。よく食べてよく寝て、それで一般の健康な人たちと比べ、こういった人たちが免疫力だけでウィルスに敵うのかどうかはまったくわからない。

頸椎損傷などの重度の身体障害がある場合は、食事でもトイレでも入浴でも着替えでも車いすへの移動でも、さまざまな生活の場面で日常的にヘルパーを利用している人も多い。身体介助なので、室内で触れたり支えたり抱えたり、密着度も最大だ。ヘルパーとの接触は生活にとって必須なことで、どんなに自宅に籠もっていても、その点では外部とのつながりを絶つことはできない。もちろん、ヘルパーを派遣する事業所もプロフェッショナルだ。彼らの健康管理には細心気を遣っているから、信頼に値しよう。反対に、こちらも気をつけてヘルパーに迷惑をかけないように心掛けねばならない。それでもCOVID-19は発症まで1週間前後気づかないというから、お互いに感染させるリスクはゼロではない。最低限の生活を維持しながらなるべく可能性を減らしていく方法を考えるしかない。
もしヘルパーに感染者が出るようなことがあって、事業所からの派遣が止まってしまったら、一切の生活が成り立たない※。1人ではベッドから起き上がって水を飲むことすらできない。トイレもいけない。どうすることもできないから、そんな事態を考えることもできない。
家族がいたとしても、その家族が倒れたら・・・どうすればいいのかまったくわからない。
ヘルパー派遣事業所などは、医療従事者と同様、早期に感染の有無を検査して、いわゆるクラスターの発生を防ぐことが優先されるべきではなかったか。この辺りの対策は実際どのようになされているのか、介護の現場ではあまり聞いていない。

※視覚による障害がある人は、買い物など生活に必要な外出にヘルパーが必要な場合があるが、派遣する事業所が外出の支援を控えているケースも増えており、どうされているのか、気になっている。

近所で無症状の感染者と接触することにも敏感にならざるを得ない。そのために外出を控えても、ヘルパーとの接触は避けられず、今度はヘルパーが外で同様に感染する危険にも気を遣う。その危険を極力回避するためには、ヘルパーの検査以外に、全体の検査をしっかりして無自覚の感染者を減らすことが最も重要になるだろう。

身体に障害があるから、普段から身体のケアに必要な日用品もある。わたしは尿路感染や皮膚の感染を経験しているので、消毒用アルコールや除菌ウェットティッシュを常備している。医療的なケアが必要な人はさらにいろいろな医薬品も必要だろう※。今回、マスクがないのも困ったことだが、アルコールや石鹸などの除菌グッズも手に入らなくなっている。介助用にグローブが必要な人もいる。だれもが感染の不安を抱えるいま、この情況にいらだちを感じていると思うが、普段から感染予防が必要な障害者などは、ウィルス以外の感染症への不安も抱えることになりかねない。病院が非常事態に陥っている状態で、普段なら簡単な治療や入院治療で治るものも、素早い対処が可能なのかどうか、ここにも懸念がある。

※人工呼吸器などを利用する障害者、難病の人や子供は、消毒用アルコールと医療用のゴム手袋が欠かせない。もしストックが底をつけば、より深刻な命の問題になりかねない。医療従事者と共に、こういった現場に必要なものが届かないことを防ぐ余力がなかったとしたら、それはそれを支える態勢のどこかに根本的な欠陥があるのではないか。

いまコロナで変わった点、困っていること、気を付けていること 冨田佳樹

* ヘルパーとの外出、通院、訪問リハビリの中止。
* 呼吸器、カフアシスト(排痰補助装置)のマスク消毒にアルコール綿が必要。店頭で品薄。
* 呼吸器と併用している加湿器に精製水が必要。コロナ感染流行以降、店頭で品薄が続いていて調達が難しい。
* 介助者(家族、ヘルパー)からの感染が怖い。

感染予防だけでなく、医療ケアの消耗品が品薄なのが不安です。
完全介助が必要な重度障害者が、感染入院となったときに受け入れ先の病院が見つかるのかも心配です。

常備薬が必要な人も多い。重大な基礎疾患がなくても、日常のケアの中でさまざまな医薬品の処方箋が必要であれば通院が欠かせない。症状によってはリハビリなど体力の維持にも、経過観察のための定期的な診察にも病院に通う必要があるだろう。そこでの感染のリスクも、いまは高まってきているのではないか。外来の安全な利用を早急に確立してもらいたいが、遠隔診療と日常薬の処方の簡略化もこういう状況下では検討してもらいたい。

もし感染してしまったら・・・呼吸器疾患に弱い身体障害者は、前述のように重症化のリスクは高い。治療も困難になるだろう。
たとえ軽症でも事業所は当然ヘルパーの派遣ができなくなるため、自宅での待機は不可能だ。あとは入院するよりほかないだろう。家族がいても、自分も感染しているかも知れない上で病人のすべての面倒を見ることはできない。家族も寝込んでしまうかも知れない。その不安を抱える家族の精神的なストレスも相当なものになる。ちょっとした体調の変化にもおびえる毎日だ。
入院に関しては病院への負担も大きくなる心配がある。わたしの場合通常の入院は、完全看護の大病院に行くことがほとんどだ。看護師が治療以外に必要なケアもやることになる。普段でも患者としてはなるべく看護師の手を煩わさないように、なるべくお願いすることを減らすようにする。しかし、この非常事態と言われるなかで、こんなに手の掛かる患者を、しかも感染の危険もあるから重装備でケアすることになるのに、受け入れられるところがあるのだろうか。受け入れてくれたとして、充分なケアができるのだろうか。もちろん、現場にはいつも患者のために最善を尽くすことを厭わない、誇りを持った人たちがいる。でも、彼らにも不本意ではあっても限界だってあるだろう。とにかく、多くの人を救う治療を最優先してもらわねばならない。入院に関しては、どうするのがいいのか、わたしにもわからない※。

※ある事業所関係者と、完全看護の負担を減らすために、例えば外出支援が減ったヘルパーなどを(本人の意志で、感染対策が万全ならば)事業所から専任で病棟に派遣して、介護部分を手伝うことができないか、という話も出ていた。

誰もが、心理的な負担を感じていると思う。増して、周りの人たちの力を必要とする障害のある人たちは、そういった支援や治療の不安定にもなりかねない事態のなかで、落ち込まないように必死に自分を保っているのではないか。わたしは従来楽天的なほうだと思うが、それでも時折絶望的な気持ちになる。

いま、多くの世界中の障害者、難病患者が、いわゆる命の選別、優生思想につながるような治療の序列化という現実の到来を危惧していることも、SNSなどで見られるようになった※。医療現場の逼迫が、また別の人道的な危機を招くようなことは誰も望んでいないはずだ。医療は金勘定で考えられるものでないことがいまやはっきりした。行政をはじめ、すべての医療の充実、医療における危機管理の重要性はこれを機会に再考し、改善していってほしい。同時に、いまは検査態勢の充実と早期治療の実践による安全な医療の確立に取り組んでいってほしい。できることはなんでもやってほしい。

※参考 https://yasuhiko-funago.jp/kokkai/page_200413.html

ウィルスには国籍も人種も宗教も、地位も年収も、年齢も性別も障害の有無も関係がない。ウィルスはそんなことには関係なく誰にでも感染する。だからこそその影響は弱者によりシビアに降りかかる。しかし社会的弱者を創り出すのは人間だ。であればその弱者を救えるのも人間社会だ。障害が社会的な問題であるなら、障害のある弱者を救えるのも人間社会だろう。
予断を許さないこんな状況がいつまで続くのか、誰にもわからない。それでも希望を持っていられる世界であるはずだ。

4月24日追記
グリズデイル・バリージョシュアさん@アクセシブルジャパンにお話を伺う機会を得た。 脳性麻痺で車いすを利用するグリズデイルさんはカナダ生まれ。東京で10年以上生活しいまは日本に帰化している。

—やはり呼吸器まわりの筋力は弱いため肺炎が心配。介助者として日常的にヘルパーを利用しているので、ヘルパーからの感染リスクはあるが、隔離生活はできない。事業所で感染者が出ればヘルパーが来られなくなり、生活できない。自分が感染したときは、ヘルパーには頼めないからやはり入院が必要。入院は最近していないので不安。軽症時の早い処置を望んでいる。 アメリカでは障害者が、罹りやすいことと治療時に後回しにされる選別を警戒しているという。 カナダの家族は日本の状況がわからず心配しているようだ。家族に感染者が出ても、日本からはいますぐはカナダに帰れないので、それも心配している。離れている罪悪感もある。

日常でわたしと同じような心配を抱えながら、外国で離れて暮らす家族の心配もあると言う。

2020年3月25日

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2020年3月10日

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