REDDY 多様性の経済学 Research on Economy, Disability and DiversitY

短編エッセイ—ことば
 多み子

2024年10月30日

ことば

最近私は人の助けなしでは生きていけない状況になった。いままでも多少はその傾向はあったものの、なんとかひとりで生きている実感はあった。
 明らかに、生活弱者になってから私は一日何回「ありがとうございます」を口にするだろう。家から一歩出ると人々は私を優先してくれる。それは時にはありがたくもあり、ユウツで迷惑であったりもする。人々は優しさのひとつを私にくれる。私は「ありがとうございます」を当り前にお返しする。「ありがとう」の大安売りである。二束三文になってしまった「ありがとう」は私が今後生きていく上で忘れてはいけない言葉として刻み込まれた。
 一方でこんな私になんの見返りも期待せず優しく協力をしてくれる人達がいる。「ありがとう」だけでは返しきれない程の誠意だ。でも私は「ありがとう」しか返す言葉を持っていない。なんともどかしいことか。感情を込めてとか笑顔でとかいう人もいる。そんなことは分っているし、やっているのである。二束三文の「ありがとう」にだって笑顔を忘れない。
 「ありがとう」の最上級は「ありがとうございます」感謝の気持ちを伝える敬語表現だという。感謝の対象や「いつも」などの言葉を前につけることで、より相手に対する感謝の気持ちが伝わるというが、私にはまだ足りない。私に向けてくれた行為は言葉だけでは応える事ができないのだろうか。言葉の限界なのだろうか。見知らぬ人に言う「ありがとう」と区別したい。二束三文になってしまった「ありがとう」をどうにか、最高級にしたい。私が生きていく上で決して忘れてはいけない言葉のひとつとしての「ありがとう」を伝えたい。と思うが未だ見つからないもどかしさを抱えて生きている。

多み子:プロフィール

1960年生まれ。
生まれ育ちも宮城県
大好きだった夫は生まれも育ちも東京都。結婚と同時に仙台市の住民になりました。そんな夫も二年前に旅立ってしまいました。
趣味 食べること