REDDY 多様性の経済学 Research on Economy, Disability and DiversitY

出張見学レポート

2024年12月04日

出張見学レポート

小林エリコ

愛南町の御荘診療所へ見学に行ってきました

私は25年くらい前に、初めて精神科病院に入院した。ナースルームで身体検査を受け、荷物の中身を全てチェックされた。
病棟に入るときはナースルームから入るのだが、扉には鍵がかかっている。閉鎖病棟なので、外に出たくても外に出られない。窓ガラスは破壊防止のため、網が入ったガラスになっている上に、3センチくらいしか開かない。私はその隙間に口を当て、外の空気を吸っていた。

入院してすぐに、全身が麻痺して動かなくなり、患者がナースを呼びに行くと、私は全身を拘束され、何の説明もなく、注射と点滴を打たれた。よだれを垂らしながら硬直に耐えている私に向かって、ドアの小窓から患者仲間が必死に声をかけてくれた。苦しんでいる私のそばに看護師は一人もいなかった。麻痺は6時間くらいして治まった。

私は精神科の入院を甘く見ていた。長くても一週間くらいで退院できると思っていたのだ。しかし、入院患者の話を聞くと、短くて半年、長くて5年。いつも一人で病棟を歩いているおばあさんは家族が引き取りたがらなくて、退院できないという。
長期入院になるのを恐れた私は必死にいい患者を演じた。その甲斐もあって、一か月半後に退院できた。

退院してから精神医療に関する本をたくさん読んだ。その時初めて、この国では長期入院が当たり前になっており、世界と逆行していることが分かった。

明るい兆候が見えたのは、2006年に発売された大熊和夫著「精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本」だ。イタリアには精神科病院がないという。精神科医バザーリアが新規の精神病院を作らず、今ある精神病院を徐々に閉鎖していくという法律を作ったのだ。精神疾患の患者の治療は、入院でなく、地域医療でやっていけるという実例だった。
しかし、日本ではそれが全く進まない。世界の中でも日本の精神科病院の病床数は突出している。
現在、私は働きながら地域で暮らしているが、調子を崩した時、精神科病院に入院しなければならないと思うと怖くなる。

そんな中、REDDYのスタッフがとある新聞記事を渡してくれた。
愛媛県愛南町にある精神科病院「御荘病院」の院長だった長野敏宏さんは150床あった病床を2016年に閉鎖し、「御荘診療所」とグループホームで患者を診ているという。また、さまざまな事業を起こし、精神科病院を退院した患者たちはそこで働いているそうだ。ぜひ、見学したいと連絡を取ったところ、快く快諾してくれた。

宿泊先は、障害者と地域住民の共生を目指す「ハートinハートなんぐん市場」が指定管理者となっている「やまいだし憩いの里温泉」。温泉は宿泊客でなくても利用できる。
土曜日の昼間にはバイキングをやっていて、地域住民が食事に来る。私たちが宿泊したのは日曜だったので、バイキングはなかったが、朝食を食べている後ろで100食以上のお弁当を作っていた。


あまごの養殖場を見学させてもらう。卵を取り寄せて孵化させて育てている。

シイタケの原木作り。菌を入れて、寝かせているところ。持たせてもらったら結構重たかった。これを立たせるとシイタケが生えてくる。ここのシイタケは『第65回愛媛県しいたけ共進会』で農林水産大臣賞に輝いた。

ユーカリの木を栽培して、動物園に卸している。ユーカリの葉には毒があるので、虫がつかないのが良い点だと話していました。

日本産のアボカドはあまり存在しないと知って、アボカド栽培を始めたそうだ。しかし、日本でのアボカド栽培における情報がほとんどなく、ちゃんと収穫できたのは、始めてから7年経ってからだというから驚き。今では東京の有名店に出荷されている。


デイサービスセンター「結い」と小規模多機能型居宅介護事業所「アロハ」を見学させてもらう。
愛南町の取り組みは精神疾患のある患者だけが対象ではない。老人介護にも力を入れている。ショートステイを上手く使い、入院しないでやっていく取り組みを見学させてもらった。「やまいだし憩いの里」でもお年寄りと障害者が一緒に働いていた。どんな人でも大切な労働力だという。


御荘診療所。

御荘診療所のすぐ近くにグループホームが併設されていた。中は白塗りの壁と木でできており、温かみのある個人宅という印象。オープンキッチンがあって、家庭的だった。
「自分が住みたいと思う場所にした」とは長野敏弘さんの言葉。
右手に小さく見えるのは精神科デイケア。

スタッフとの連絡はLINEグループやSlackで行っている。365日24時間いつでも連絡が取れるようにしている。

病院で患者を診るより、地域で診た方がコストも圧倒的にかからない。患者が入院を余儀なくされているのは、治療というより、病院の経営のためではないだろうか。

長野敏弘さんに「働いた方が病気は良くなりますか?」と聞いたら、力強い声で「働いた方が絶対良くなる」とおっしゃっていた。

精神疾患は人との繋がりの病だ。仕事は否が応でも人とのつながりを作る。多すぎる仕事は心身を蝕むが、ちょうどいい量の仕事は心の健康にいい。人手不足なら障害者にも働いてもらう。働くことによって、社会に参加し、賃金を得ることで誇りを取り戻す。

御荘診療所は高台に建てられている。過去の震災や豪雨の経験から、街の人が避難できるようにこの場所にした。米の備蓄もされている。

地域移行と口に出すのはたやすいが、行動に移し、軌道に乗るまでには何年もかかる。
愛南町の取り組みは希望に溢れたものだった。

小林エリコ

2024年11月29日

出張見学レポート

冨田佳樹

体験レポート:レスパイト入院

私は体験入院を経験した。2024年9月末から4泊5日の期間である。体験中に直面したレスパイト入院の課題、入院時の要望、入院時の困難についての記録である。

レスパイト

私は医療機器(人工呼吸器、カフアシスト)を利用している、身体障害者手帳1級の重度障害者である。一般的に医療ケア者と呼ばれている。医療ケアが必要な障害者の介助・介護する家族が休息をとるための一時入院、それが病院が提供するレスパイト入院である。
スパイト入院と関わらざるを得ない問題を抱えている。両親の実家は関西にある。父方母方ともに祖母が高齢で、もしものときは帰阪する必要がある。私が同行すると長距離移動が難しい。緊急時の預かり先に頭を悩ませていた。

ケアマネに相談すると、川崎市が提供している「あんしん見守り一時入院事業 」の手続きを勧められた。在宅の医療ケア者が介助者の事情で介護を受けられない場合、一部の医療機関へ入院する制度である。一時入院することで、当面の生活を支援するのが目的である。しかし、私がお世話になっているかかりつけ病院は当制度の対象ではなかった。しかも、かかりつけ病院以外だと、入院中に体調悪化しても医療措置は行えない。
アマネが神奈川県内外の病院・施設を当たったが見つからなかった。福祉施設では看護師が常駐しておらず、特に夜間の医療行為ができないケースが多かった。看護師常駐の施設もあるが、コロナの影響で予約が2年先まで埋まっていた。また、当制度対象の病院は「かかりつけの患者でないと預かれない」というのが大半だった。結局、市のサービスではレスパイト入院を受けられなかった。

かかりつけ病院の主治医に「市のサービスではレスパイト先が見つからない」ことを相談した。病院が忙しくない時期に、レスパイト入院を体験することが決まった。期間は1週間程度と言われた。

入院前の要望

入院2ヶ月前に念を押してお願いしたのが、エアマットの利用とナースコール代替手段である。エアマットは用意しておく旨を伝えられた。ナースコールの件は、入院日の午前にリハビリ受診してくださいとのことだった。

エアマットの利用
位か寝たきり(臥位)で24時間過ごすので、一般的なマットレスだと臀部に床ずれが生じやすい。普段は電動の空気圧で硬さ調整できるエアマットを使用している。このタイプのマットレスは臀部、腰の負担を大きく軽減できる。日常、入院問わず、日常生活上で必要不可欠である。

ナースコール
の握力は計測不能なほど弱い。よってナースコールが押せない。看護師を呼べないのは命に関わるため、代替手段が必要になる。

入院の苦労

指定された時刻に私と両親はリハビリ科の前で待っていた。すると、妙な顔をした訓練士がやってきた。「どうなさいました?」と尋ねられたので、ナースコールの件を伝えた。すると、「まず、入院手続きを終えてください。居室が準備できたら担当者が伺います」と言われた。母が「もしかして、午前の受診に来る必要なかった?」と言うと、訓練士は「そうですねえ」と苦笑いだった。午後の入院まで2時間ほど待った。
院準備にとりかかる最中、看護師から「当院では、いまエアマットの在庫がなくて、低反発のマットレスしか用意できないです」と言われた。このままでは入院生活を送るのが困難になる。担当の医師、看護師長に相談し、特例で自宅のエアマット持参・使用を許可された。父が自宅へ車を走らせ、マットレスを後部座席に積み込んで病院まで戻ってきた。
段使っている医療機器の設置、ベッドメイクなど、入院準備が整ったのは夜だった。スケジュールのすれ違い、病院のマットレス事情とで精神的に疲れた一日だった。

ブレススイッチの長所短所

ナースコールの代替にブレススイッチを貸与された。
類似品:ブレススイッチ/トクソー技研株式会社

この機器は先端にあるセンサーに息を吹きかけて、ナースコールが鳴る仕組みだ。支点から伸びる30cm程のチューブはある程度グニャって曲がる。ベッドの手すりに支点を固定し、息を吹きやすいところにセンサーを近づけて使用した。ナースコールとしては問題はなく使用できて助かった。
が、就寝時に問題が生じた。寝息がセンサーに反応してしまうのである。うたた寝、いびき、呼ぶ必要のないナースコールが鳴る、そのたびに目覚め、「いまの間違いです、ごめんなさい」と叫ぶ、その繰り返しだった。浅い睡眠を繰り返すだけで、日中は眠気に襲われた。
もう少し扱いやすい代替ナースコールを探さないといけない。

レスパイト入院を終えて

入院時の必要事項の漏れ、代替ナースコールに苦労したレスパイト体験だった。私は入院経験は4回目で、看護師にあれこれ要望を出すような図太さで、どうにか乗り切った。
医療ケア者のレスパイト入院先が、かかりつけ病院しかないのが現状である。しかも、かかりつけ病院では入院中に体調悪化しても治療行為を行える、という点も大きい。今回の入院中に私は便秘を起こしてしまい、座薬を処方してもらい助かった場面があった。何かあったときに治療行為は必要である、と実感した。
回は2ヶ月前から計画を立てたレスパイト入院だった。緊急でレスパイト入院が必要になった場合、病床の事情などでかかりつけ病院が受け入れてくれる保証はない。レスパイト問題は引き続き悩みのタネになりそうである。

2023年10月4日

出張見学レポート

大関智也

実験室、研究室のバリアフリー化について

駒場の東大先端科学技術研究センター(先端研)にある、並木研究室を見学してきました。
この研究室は「インクルーシブデザインラボラトリー」という、車いすユーザーなどの障害を持った人にも使いやすい理工系の研究室、実験室を構築する研究を行っています。
この研究室の研究テーマや並木重宏准教授についてはすでに説明されているwebページがありますのでそちらを参照していただければと思います。

研究室紹介 フロントランナー 011:並木重宏准教授
https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/research/frontrunner_namiki.html

今回、こちらで整備中の「障害のある理工系の学生や研究者でも、自由に実験に取り組める環境『インクルーシブラボ』」を見せていただきました。

車いすユーザーに限ったことではありませんが、障害を持つ学生が理工系の大学で、特に科学実験を伴う分野で学ぶことは容易ではありません。私は大学の化学科出身で様々な科学実験を行う研究生活をしていましたが車いす生活になったのは大学院博士課程修了後ですし、障害認定を受けた時(当時は3級で杖を使って歩いていた)にはすべての実験を終えて学位論文を書いておりました。大学入学から大学院修了までの12年間で車いすに乗った学生を見たことは一度もありませんでした。
そういうことで、車いすに乗りながら大学の研究室で(特に実験を伴いながら)研究活動をするということは容易ではありません。私が大学で研究をしていた20~25年前にはそれだけの設備はありませんでしたし、周囲の人たちもそのようなことを考えることはなかったでしょう。

さて、大学の研究室に車いすで実際に入ってみるとすぐに問題に直面します。まず通路が狭いのです。直進してUターンはできず、曲がれるところも限られるぐらい狭いです。私は卒業研究を大学ではなく理化学研究所に派遣されていた(余談ですが、理化学研究所は国内屈指の研究所で研究環境は非常に良いのですが地理的な理由で多くの学生に敬遠され、当時は成績の悪い学生が”飛ばされる”所でした。その数年後、他大、特に東大の大学院志望者に注目されるようになり、人気が出て成績の良い学生が行くところになりました。)のですが、そこでは車いすですれ違えるほどの広さがありました。その後大学でも事故や災害時の避難経路確保のために少々通路を広くしたのですが、それでもUターンできるほどの幅はありません。
次の問題として、これは普段車いすを使うことのない人にもイメージしやすいと思いますが、いすに座ったままの状態では高いところにあるものが取れない、奥にあるものに手が届かないのです。
また別の問題として、実験室では様々な薬剤を扱うことになるのですが、車いすの部品、特にタイヤ部分が薬剤で腐食されないかという懸念があります。もちろん研究室にいる人たちはある程度実験操作などに慣れているため薬剤を大量に浴びるような事故は普通起こさないのですが、うっかりビンを倒してこぼすようなことはあります。こういう時に車いすでは瞬時に動けないことが問題になります。なお、万一薬剤を大量に浴びてしまった場合には非常用シャワーを使うのですが、車いすユーザーでも使いやすいようにレバーの位置を低く持ちやすくしているものがありました。

赤で囲ったリング状の部分をつかんで引くとサイレンが鳴り、一定時間大量の水が出続けます。緑で囲った部分から出た水で全身を洗い、青で囲った部分から出た水で目を洗います。

次の写真は薬品棚ですが、電動コントローラで上下させることができ、高いところにあるものを取り出すことができます。扉は取っ手をつかむことで弱い力でも開閉(閉める際は扉をわずかに上げれば自動で閉まります)できますが、奥行きがかなりあるため中の薬瓶を正面から取り出すのは少々手間がかかり横に回り込む必要があります。私には少し使いづらいと感じました。

次の写真は流し台です。
赤丸で囲った部分にスイッチがあり、流し台が上下に動き高さを調節できます。また、蛇口部分にセンサーがあり手を近づけるだけで水を出したり止めたりすることができます。
このような蛇口はキッチンや洗面台では見かけることがありますが、実験室の流し台では珍しいと思います。

あとは別角度から撮った流し台の写真ですが、この流し台にはふちの部分に「かえし」がついていて、足腰の弱い人でもこの部分を頼りに立ち上がって作業することができます。

そのほかには実験室を見渡せるVR装置がありましたが操作がよくわからず、いつの間にか部屋の外に出てしまいました。
また、強制排気機能付きの実験台もありましたが、これは実験台の前にいすを置いて座って利用することがあるため特別な装置はありませんでした。

現在大学等の本格的な研究室、実験室で使われている例はほぼないそうですが、特別支援学校の理科室として試験的に運用されているとのことです。これから先、障害のある人にも実験研究ができるような環境が整備されることを願います。