『ことばを伝える役割』は、私にとって、ときに楽しく、ときに複雑な感情を生起させるものだった。
わが家は、ろう者の父と、聴者の母、私、弟の4人家族だった。私や弟のような、きこえない親をもつきこえる子どものことをコーダ(CODA:Children of Deaf Adults)という。両親ともきこえない場合でも、私や弟のようにどちらか一方の親がきこえない場合でも、きこえる子どもは皆コーダと定義される。(親がろう者であるか、難聴者であるかにも関わらない。)
かつてのわが家では、父はまったく声を出さず手話のみで会話をしていた。母と弟は手話が不得手で、父との会話は、家族の間でしか通じないホームサインや身振り、筆談など、あらゆる視覚情報を用いて成立させていた(のちに母は手話を習得した)。私はといえば、家族の期待を一身に背負い、幼少期から手話を覚えた。そうはいっても、今振り返れば、幼い頃の私の手話など拙いものであったのだが。
このような、友達の家族とは一風変わったわが家の会話のやり方は、私が生まれたときからごく当たり前のように家庭の中に存在していた。
一方で、家から一歩外に出れば、そこには音声日本語のみの世界が広がっていた。母や弟よりも手話ができる私は、ときに父と外の世界との間に立ち、互いのことばを伝える役割を期待された。その役割は、一般に「通訳」と呼ばれることを、大人になってから自覚した。
コーダは、幼少期から、きこえない親のために通訳の役割を担うことがある。コーダ104人を対象にした実態調査(中津・廣田, 2020)では、コーダは平均6.48歳の幼少期から頻繁(平均4.52日/週)に親の通訳を担う現状が明らかになった。通訳を担う場面は、電話や来客、親戚の集まりや買い物などの日常会話場面にはじまり、病院での診療や銀行窓口でのやりとり、コーダ自身の学校関係(授業参観や三者面談など)など多岐にわたり、それらは個々のコーダによって大きな違いがあった。通訳の役割に対する気持ちも、当然と受け止めるコーダもいれば、肯定的に捉え、親や周囲の期待に応えることで自信を持つコーダや、面倒で疎ましく思い、葛藤が喚起されるコーダ…と実にさまざまだった。
私といえば、大好きな父の役に立てることが嬉しく、父を守ろうと率先して父と外の世界との仲介役を担った。けれどもその役割は、ときに私の心に影を落とすこともあった。今でも鮮明に思い出すのは、中学2年生のとき。母が危篤状態となり、深夜の病院に私と小学生の弟、きこえない父が並び、主治医から説明を受ける。「お母さんは予断を許さない状況です。確率は半々です。」私の左側には泣きじゃくる弟、右側には「何?何?」と私に尋ねる父。私は、動揺しながらも、主治医の説明を父に伝えた。その様子を見た主治医が、私にこう言った。「お母さんに万が一のことがあったら、小さい弟さんもいるのに、お父さんはきこえないなんて、あなた気の毒に。可哀想に。」
主治医のそのことばは、父に伝えなかった。通訳としては失格だったけれども。
今では、情報保障などの社会資源が整備され、テクノロジーも発展して、ろう者や難聴者を取り巻く環境は格段に進歩した。けれどもまだ、きこえない親が生活を営むうえでは、コーダが通訳の役目を果たさざるを得ない場面がどうしても発生する。幼いコーダのために、たとえば手話通訳者や要約筆記者の派遣制度は、もう少し柔軟な形で利用できるようになればいいと思うし、大きな病院には常に通訳者が配置されていればありがたい。通訳者の職域確立も、もっと進めばいい。そもそも周囲の大人は、きこえない親とぜひ直接、会話をしてみてもらいたい。きこえない親と外の世界とのコミュニケーションのすれ違いを、コーダと親の家族だけが必死に頑張って解消しょうとする世の中は、そろそろ終わりにしたい。
さて、私の話に戻るが、時が過ぎ両親は他界し、幼い頃から担ってきた、私の『ことばを伝える役割』は無くなった。幼い頃から父を守ろうと(勝手に)踏ん張ってきた私は、守る対象が無くなり、心にポッカリ穴が開いてしまった。今さら自分のために生きろと言われても、自分というものがよく分からない、どうしようもない“こじらせコーダ”だ。コーダが(無意識的にも)過度な心身の負担のもと通訳を担う経験は、心にいつまでも痛手を残すこともあると、身をもって知らされた。若いコーダには同じような思いはしてほしくないと、既に人生の折り返し地点を迎えた、こじらせコーダは思っている。
※このあたりのことは、書籍に詳しく記述した。
『コーダ きこえない親の通訳を担う子どもたち』中津真美 金子書房
こうして、かつての私が担った『ことばを伝える役割』は、嬉しい思い出や苦い思い出とともに、今も私の原体験として脳裏に刻まれている。
東京大学多様性包摂共創センター バリアフリー推進オフィス
特任助教。生涯発達科学博士。
障害のある学生・教職員への支援のほか、
全学構成員へのバリアフリーに関する理解促進のための業務に従事している。
ろう者の父と聴者の母をもつコーダであり、コーダの心理社会的発達研究にも取り組む。
J-CODA(コーダの会)所属。